本の感想「NANOOK」星野道夫

本の感想「NANOOK」星野道夫(クレヴィス)2026_07

 本書は星野道夫の写真集でこの度出版された。出版のことは知らなかったのだが、たまたま図書館の新刊コーナーで見つけた。NANOOKは現地語でホッキョクグマのことで本書に収められているのはホッキョクグマのみである。過去に発表された作品をまとめたもので、本書で初出の作品があるのかどうかは分からない。星野さんの作品はデジタル以前だったので、原版はリバーサルフィルムで残されている。1996年に亡くなったのだから少なくとも撮影後30年以上は経過している。保存管理はしっかりしてあるのだと思うが、物理的に原版の退色や変色は避けられない。おそらくデジタルデータ化しているのだろう、本書の印刷は良好である。ホッキョクグマはアザラシを捕食する大型の肉食獣であるが、星野さんの写真からは獰猛さや荒々しさは読み取れない。むしろとても穏やかで静寂感のあるシーンが捉えらている。どこまでも広がる雪原に1頭だけ写された作品には深い寂寥感が表現されている。

本の感想「年とる力」阿川佐和子

本の感想「年とる力」阿川佐和子(文春新書)2026_05

 72歳になった著者が高齢者として生きる心構えなどを記したエッセイ。日々の暮らしぶりを紹介していて、指南書というよりも一つの事例報告である。とどのつまりは、自分が無理なくできることを日々やっていくしかないということに尽きる。高い目標を掲げてその実現のためにがむしゃらに努力する必要はないと説く。確かにその通りで共感できる。著者は私よりもいくらか年上だけれども、執筆その他でまだ現役で働いている。定年のあるサラリーマンと違っていつ引退するかも自分で決めなければならない。まだまだお元気そうだし、仕事のオファーもあるわけだから早々には隠居することはなさそうだ。

 

本の感想「それはどこでも起こり得る」ブレイディみかこ

本の感想「それはどこでも起こり得る」ブレイディみかこ(文芸春秋)2026_07

 社会状況の論考で少し難しい内容だ。サブタイトルが「壊れゆく世界への抵抗」とあって、今、世界は急速に壊れていく過程にあることに警鐘を鳴らす。際立つのは各国における政治状況だ。ひと昔前だったら考えられないようなことが次々と起きている。政治倫理とか国際的な規範とかが軽んじられ続けている。権力をもった支配者が思うがままに被支配者を翻弄しているからで、そのためのツールとしてSNSなどのネット環境が利用されている。著者の論考をざっくりまとめるとそういうことになる。最初に述べてあることは「責任」ということ。英語ではresponsibility と accountabilityと2つあるわけだが、それぞれの意味は異なる。辞書の説明ではresponsibilityは「誰か/何かに対処し、または世話をする義務であり、何かがうまくいかなければ責められる可能性がある」。accountabilityは「自分の決断や行為に対する責任があり、問われたらそれを説明することになっている事実」とある。思い切りはっしょって言い換えると、前者は主に支配される側がもつ責任であり、後者は支配する側がもつ責任となる。政治行政の権力者と一般市民に当てはめて考えればよい。会社なら、雇用する側と雇用される側、もしくはより現場的には管理職と平社員に当てはめてもよいだろう。著者が指摘しているのはaccountabilityがきちんと機能せずに、responsiblityが過剰に求められているということだ。そういう社会構造は被支配者層にとってより暮らしにくい状況を作り続ける。第4章「プラットフォーム・ポリティクス」の論考も大変興味深い。昨今は日本の選挙でもSNSの利用が普及しているが、しばしば思わぬ選挙結果になることが多くなった。SNSによる選挙運動の巧拙がダイレクトに結果に反映するので、フェイクだろうと適当なデマであろうとただ単に映えること、耳目を引くことをネット展開するだけで集票できるようになった。政策やら行政手腕やら人間性とかはあまり吟味されなくなっている。昨年の衆議院議員選挙を振り返ってもそういう状況だった。結果として高市首相が大勝したが、あきらかに勝ち過ぎだろう。と言うよりは野党が負け過ぎで、体たらくぶりにはあきれてしまった。「働いて、働いて…」の発言にはうんざりしたもので、この人はなるべく働かずに早く退陣してほしいと願ったものだった。睡眠時間を極端に減らして働いているそうだが、働いた結果がろくなことになっていない。著者は英国の例としてブレグジットの国民投票を例に挙げている。また、米国ではトランプ支持とテック・プラットフォーマーとの結びつきを指摘している。私たちは好むと好まずにかかわらず多かれ少なかれ「ネット民化」させられているとも言える。そのことはやはり被支配者層のよりよい暮らしの実現を妨害する。本書のタイトルは「それはどこでも起こり得る」だった。可能性の問題ではなく、残念ながら「どこでも起こっている」ということなのだろう。

 

本の感想「ピリカ Photo Pirka」半田菜摘

本の感想「ピリカ Photo Pirka」半田菜摘(エイエンドエフ)2021_01

 北海道の野生動物をテーマにした写真集。2年前に読んだのだが再読した。というのは本書の続編がこの度出版されていて、それを見る前にこちらをもう一度見ておこうと思った。作者は看護師として働きながら、野生動物の撮影をしている。写真を始めたきっかけは友人が撮影した風景写真に感銘を受けたことで、1匹のエゾリスとの出会いがきっかけで本格的に撮影に取り組むことになったという。動物写真家はある期間師匠についてフィールド体験をしてデビューすることが多いように思うが、彼女の場合は独学でスキルを身に着けた。作品のクオリティの高さはこの分野のトップ・プロと差がない。一体、友人が撮影した風景写真とはどんなものだったのか知りたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本の感想「とめどなくちいさき人へ」白石一文

本の感想「とめどなくちいさき人へ」白石一文(祥伝社)2026_08

 主人公の久美は夫と二人の子供がいて会社勤めをしている。別居の両親は健在で父親は鉄道会社を定年退職したが役員のような立場で同じ会社で仕事を続けている。夫は自営業で海外からの物品を仕入れて販売している。物語の前半は特に大きな事件などは起こらず、久美の日常生活が描かれていく。ようやく物語が立ち上がるのが後半に入ってからで、ある時、久美の周囲にいる人物が急死した。その後も自分に何らかの関係がある人たちが急死する。亡くなった人たちは久美にとっては亡くなって好都合な何らかの理由がある人だったと気が付く。もしかすると、自分が死を願った人が死んでしまうのではないかという妄想に取りつかれた。この辺りまでは、サイコサスペンスのようなストーリーだが、その後、ホラーサスペンスにシフトしていく。どうもこの辺りからは自分の好みからは外れてしまうのだが、ストーリーテリングが巧みなこともあって、止めずに読み進んだ。そして最後の方では荒唐無稽な与太話になってしまう。ラストシーンは久美が常軌を失ったことによる妄想だと捉えるのがいいのだろう。それにしてもタガの外れ具合が大きすぎる。この作者の作品はいくつか読んでいて、こんな無茶を書く人という印象はなかったのだけれども、本作は例外的だったように思う。

本の感想「身辺整理」鎌田實

本の感想「身辺整理」鎌田實(明日香出版社)2026_07

 どうやって自分の死を収まりの良いようにするかの実践的な指南書。自分の死期のめどがついた時点からでは十分な準備ができないものだ。ということは分かっていても面倒なことは先送りしてしまう人が少なくないのだろう。私もその一人であり、こういう参考書を読んだ時ぐらいはちゃんとしなければならないなと覚悟しなければならない。まずはできることから着手していく。この度、早速にでもやっておくべきこととして「自筆証書遺言」というものがあると知った。これは自筆で自分の思いを書き残す遺言で、「法律上は正式な遺言として断言できなくても、『これは本人の最終意思だな』と、だれもが無視できない書面。遺言者自身で手書きするのが特徴で、公正証書遺言と比べて気軽に安くつくることが可能」とある。これは65歳でやっておくといい。それでは公正証書遺言はというと、作成には数万円の費用がかかり、司法書士や弁護士に立ち会ってもらって正式な遺言書を作ることができる。こちらは75歳でやっておくといいと説明してある。とにかくやれることはやっておかねばならないのはまったなしだ。

本の感想「岩合光昭の世界ネコ歩き ヨーロッパの空の下」岩合光昭

本の感想「岩合光昭の世界ネコ歩き ヨーロッパの空の下」岩合光昭(クレヴィス)2025_05

 目下札幌市で開催中の写真展を見に行って会場で購入した。会場での展示作品は全て本書に網羅され、展示されていなかった数枚の作品も収められている。ヨーロッパ各地で撮影されているのだが、定番の観光地、例えばモン・サン・ミシェルだとか、サグラダファミリア、ノイシュバンシュタイン城などを背景に置いた作品もある。そして農村的な牧歌的な景色の中にいる普段のネコが紹介されている。岩合さんの他のネコ写真集と比べて、本書に登場するネコたちの多くは「猫格」が際立っているように見える。ただ可愛らしいというよりもよりしゃんとした風格が写っている。被写体になったどのネコを見ても「いい子だねえ」と岩合さんと評価を共有できる気がする。文句なく楽しめる写真集だ。