本の感想「渡り鳥たちの語る科学夜話」全卓樹

「渡り鳥たちが語る科学夜話」全卓樹(ぜん・たくじゅ)朝日出版社

 著者は物理学者で高知工科大学理論物理学教授。専攻は量子力学、数理物理学、社会物理学。科学エッセイで20の物語が収められている。かなり難解な領域もあって数式やら、グラフ、概念図などはかなり理数的なセンスがなければ理解できない。数日置いて再読したものの全くお手上げになるところも少なくなかった。それでも何となく言わんとすることに接近できているような気がした。それはトピックが魅力的で、文章表現が比類なく美しいからだと思った。どのページを開いて数行拾い読みしたとしてもたちまち引き込まれるような感じがした。無駄のない端正な文章の力である。書名の「渡り鳥」は20番目の物語に登場するアネハヅルで、ヒトとの関りについて記してある。野生動物とヒトとの関りには一定の制限が必要であり、基本的には「関わらないこと」がベストなのだろう。とは言え、ヒトもまた自然界に生きているわけで「ヒトと野生動物」と常に単純に対立的に考えるわけにもいかない。著者はアネハヅルの餌付けの是非論には触れていない。拙速に結論することができないと知っているからであろう。

 この本には前著があって「銀河の片隅で科学夜話」という。こういった知的な好奇心を刺激する好エッセイはできることなら、しんしんと雪が降る夜に薪ストーブの炎の揺らめきを視界の隅に入れながら読むのが相応しい気がする。