本の感想「からだの美」小川洋子

「からだの美」小川洋子文芸春秋

 初出が文芸春秋の連載エッセイで123頁の薄い本。たちまち読み終えてしまう。ヒトの様々な美しい動作を分析考察したもの。例えばプロ野球選手のイチローがレーザービームと賞された送球を披露する。私たちの多くはその完璧な美技を瞬間的に消費するだけである。あっと息をのんで味わうカタルシスこそプロスポーツの醍醐味であるのだから、それで全く十分である。だが、もしそれを極めて詳細に解析するとどうなるのだろう?映像の解像度を上げて、時間を引き延ばして、より仔細に観察することでさらに見えてくるものがあるはずではないのか。小川氏はそういう解析をして見せる。するとなるほどこういう見方もできるものなのだと虚をつかれたような思いがした。

 IT技術の発達やPCなどの情報端末機器の普及で私たちはあらゆる情報の渦中にある。1人の人間が収受し維持管理できる情報量というのは限られていて、それは技術の発達や機器の普及以前とおそらく変わっていない。私たちには不要な情報を的確にフィルタリング処理するという新たなタスクが課せられている。それに費やす個人のリソースの総和は得ることのできる有用な情報と比して十分なメリットがあるのだろうか?あれもこれもと情報量の拡大を希求するのではなく、ひとつの対象に入念に向き合う小川氏のアプローチの仕方にはこういう疑問への一定の示唆を含んでいるように思えた。