本の感想「歌われなかった海賊へ」逢坂冬馬

本の感想「歌われなかった海賊へ」逢坂冬馬(早川書房

 2021年のデビュー作「同志少女よ、敵を撃て」から僅かに2年ほどで第2作となる本書が刊行された。待ち時間があまり長期間にならなかったのは読者にとって無上の喜びである。この作者の持ち味は他に類を見ないストーリー構築の巧さでる。凡庸な言い回しなら「異次元の巧さ」と言ってよい。一旦、読み始めたらあとは作品の吸引力に心身を委ねるのみで、ブラックホール級の引力に逆らうことはできない。とは言え、同書を読むという無上の愉悦を途切れのない数時間1回きりでお終いにするのが惜しかったので、この度は半分ほど読んだところであえてページを閉じた。その後、冬に向けての庭仕事をして、翌日朝から残りを読んだ。

 物語は第2次世界大戦の終盤のドイツ。エーデルヴァイス海賊団という若者たちの小集団を描く。反ナチスの立場で地下活動をしていた。反ナチス言っても組織だった反政府運動ではなく、国内各地に散在する数名程度のいわばボランティア・グループによる活動だった。組織のメンバーたちはより原初的な個人の感情と意思に基づいた行動をとることをルールとしていた。様々な特徴的背景をもつこの4人のグループは市内に敷設された鉄道が何の目的を持つのかという疑問を抱いた。何か不穏な意図があると予想した4人はその謎を解明しようとする。政府によって禁止されていた市外への移動を秘密裏に行なって、鉄路の先にある施設を見つける。ここから先は物語の展開はいっそうの緊張感をはらみ読み手をさらに惹きつけていく。

 「同志少女よ、」を読んだときには、何度も泣かされるシーンがあったが、「歌われなかった」は最後までより冷静に読み切ることができた。前者はより感情に訴える作品であり、後者はより理知に訴える作品と言ってもいいのかもしれない。逢坂氏の次の作品を読めるのはいつになるのだろう。それほど長くはない残りのライフタイムであと何作品読むことができるのだろう。できるだけ早く次の作品を読みたい。