本の感想「消えた国 追われた人々~東プロシアの旅」池内紀

本の感想「消えた国 追われた人々~東プロシアの旅」池内紀みすず書房

 東プロシアはかつての国名であり、現在はポーランドの北部とロシア共和国の飛び地の辺りでバルト海に面している地域である。池内氏は2002~2008年の間にこの辺りを3回訪ねてこの紀行文を記した。様々な歴史の痕跡を訪ねて現地の人たちから話を聞いてあちらこちら旅を続けた。最初のトピックはグストロフ号の沈没事件についてで、この船は当時世界一の豪華客船だった。1945年1月15日この事件が起こり推定で9000人を超える死者を数えた。グディニア港を出航後、21:15 ソ連の潜水艦から発射された魚雷により沈没されられた。乗客は東プロシアから逃れてきたドイツ人の難民であった。この港には現在は事件の痕跡はなにも残されていない。

 歴史のなかに埋もれてしまっている史実というのは無数にあるものだろう。池内氏のアンテナによって探られた事柄はその中のごく一部でしかない。現地の状況が許せば、もっと色々な場所を訪ねることができたのだろうが、3回の訪問で行けるところに行き、聞けることを聞いた。そういう紀行文である。決して包括的な視点から書かれているわけではないが、著者の独自の切り込み方がよく伝わってくる。そのためにピンポイントな深みがあると感じた。