本の感想「スポーツの価値」山口香

本の感想「スポーツの価値」山口香集英社新書

 コロナ禍とタイミングが重なった東京オリンピック開催の是非が論じられていた時に、山口氏は開催の延期を提案していた。その時のことをこの本では次のように記してある。「あのときのスポーツ界には、「何が何でも五輪開催」という空気が満ちていたと感じます。当時JOC理事だった私は、新聞で、「五輪開催は延期すべき」と発言しましたが、他の理事からはたいした反応もなく、議論すらできないという空気がありました」JOC会長だった山下泰裕氏については終始開催ありきで臨んでいて五輪を否定するような意見を受け入れられなかったと評している。そして「そうした(議論無用という)態度がスポーツ界と社会をつなぐ役割を果たすべきJOC会長としてふさわしいものだったかどうかは、難しいところだと思います」当時の報道を思い出してみると、山下氏や橋本聖子氏は良識ある大人が持つべき知性が著しく欠如していたし、二人の発言には狭隘な視野しかなく、論理的な説明もできていなかった。

 1964年の東京オリンピックの頃にはスポーツ論というようなものは甚だ貧弱でいわゆる「根性路線」が称賛されていた。自己を主張せずに上意下達を旨として自己犠牲こそが評価されるような状況があり、それが長い間継続してきている。昨今、ようやくそういう価値観からの脱却が求められるようになってきているが、それでも依然として「昭和的な価値観」が残存している。山口氏はこの本の中で旧体制を刷新しなければならないと極めて論理的に述べている。中学・高校の部活動からは勝利至上主義がなくなっていないし、教員のブラック労働解消も掛け声ばかりで実をなしていない。そもそもスポーツの価値とは、スポーツをすることが楽しいということが基盤になっていなければならない。「スポ根」のような発想は過去の漫画ネタという理解が広まらなければ、いつになってもスポーツの価値は更新されていかない。