本の感想「捨てる生き方」小野龍光 香山リカ

本の感想「捨てる生き方」小野龍光 香山リカ集英社新書)2025_01

 小野龍光氏のことは全く知らなかった。「1974年札幌市出身。2022年にインドで佐々井秀嶺上人のもとで得度。得度前は俗名小野裕史として、東京大学大学院理学系研究科生物学専攻終了後、投資家・起業家・IT企業CEOを歴任。」というかなり意外性に富む経歴だ。本書は基本的には香山氏が小野氏にインタビューする形式で構成されている。小野氏は華々しいビジネスの世界で成功を収めた後にいわば俗界から離れて、資産、社会的地位、名声を捨てた。香山氏は東京での大学教員を退官して北海道のむかわ町穂別の診療所で僻地医療に従事している。両者とも「捨てること」を経験したことで、捨てなければ気付かなかったことがあることを知ったのであり、興味深い対談となっている。

小野:生きている役割や意味というのは、ないといけないものではなく、欲しい人が自分で見つけて名づければよいものではと思うのです。(中略)何か「意味」を欲しいと願う人が、自分なりに苦しんでひねり出して発見したときに、あ、見つけたと思うのが、その人にとっての自分の生きる意味。(中略)人が生きる営みも自然の一部という視点から見たならば、我々って、ただ代謝をしているだけとも言えるわけです。酸素を吸って、養分を得て、熱を燃やして、いずれそれが終わるという、ただただ科学物理的な反応をしている途上にすぎないととらえるならば、そのことに特別な意味などないとも言える。

 この下りの後半部分は福岡伸一氏が「自己の死はすなわち利他である」と述べていることと通じ合う。分子レベルでの物質の循環という観点からは確かにそういうことになる。

香山:現代人は、何かやりたいことがなきゃいけないとか、本当の自分をみつけなきゃいけないという強迫観念が強いんですけど、そういう事故意識って実は歴史が浅いんじゃないかと思いますね。(中略)宗教や哲学のなかでは連綿とあったとは思いますけど、こうした問い自体が一般化したのは、最近、ここ何十年かのことだと思います。そういう流れのなかで生まれた、ただの生活者に対する蔑視のような風潮が、私はすごく嫌いなんですね。別に何かを成し遂げるとか、そのために生きてきました、とか、そういうのがなくても、まじめに一生懸命毎日暮らして年を重ねてきたという人に対して、リスペクトがないのは残念だなと思う。

 など、傾聴に値する内容があれこれと語り合われている。