本の感想「時を追う者」佐々木譲

「時を追う者」佐々木譲(光文社)

 小説家がタイムスリップを作品に導入するときにどんな仕掛けをすれば読者により受け入れられるかを工夫しなければならないものだろう。なにしろ、それ自体が荒唐無稽なことだから。このことについてはかなり大雑把に処理されていて物語の中ではあえて目立たないような扱いにしているように思えた。この作品の読みどころはミッション・インポッシブル的な活劇であり、史実を巧みにからめたエンターテインメントだ。

 戦後の混乱期1949年(昭和24年)から戦争が始まる前の1932年(昭和6年)へと時を遡った3人が請け負ったあるミッションを描いている。そのミッションとは開戦を回避することである。リーダーとなる男は戦時中は軍の特務機関に所属していた。大陸に進出していた関東軍の策謀を未然に防ぐことができれば開戦には至らなかったのではないかという仮説を拠りところにして3人は大連に渡る。それからはスリリングな展開が途切れることなく続いていく。こういう設定だから無理筋と思えるようなところもあるものの、読み物としては大いに楽しめる作品であった。

 著者は警察小説を得意としていて、その手の作品ではリアリズムを追求する書き方をする。この作品のようにファンタジーの要素を絡めたとしても、場面の迫真性は損なわれていない。タイムスリップもたまには悪くないのではないだろうか。