本の感想「言葉の白地図を歩く」奈倉有里

本の感想「言葉の白地図を歩く」奈倉有里(創元社

 著者はロシア語の翻訳家であり、自身のロシア語との関わり方を紹介にしながら、外国語の習得や付き合い方を説く。

 日本の外国語学習というのは英語一辺倒(私が大学受験する頃には文学部に仏文科や独文科を置く学校はそれほど珍しくなかったが、いつの間にかほぼなくなっている。志望者が減ってしまった結果だと言えばその通りなのだろうが、一旦なくなってしまうと再開は難しい。外国語学科のある大学でならばフランス語もドイツ語も専攻可能だが受け入れ人数は限られてしまう。文学部でロシア文学を学べるところは今でもあるのだろうか?五木寛之氏は早稲田大学ロシア文学を学んでいるが、遠い過去のことになったのかもしれない)になりがちで、しかも高校や大学までで学習を終えてしまう人がほとんどである。にもかかわらず、ある程度モノになる成果を期待する人が少なくないのだが、そのためには学習量が全く不十分だという単純な事実はあまり納得されていない。小学校からやれば誰でもできるようになる、とか、中学や高校の英語の授業を英語を使ってやれば成果が上がる、とか、エビデンスのない言説がいまだに繰り返されている。

 外国語をモノにするには、まず第一に対象言語への強い憧れがなければならない。例えば、スポーツでもプロのレベルになる人は幼い頃からその競技に並々ならぬ情熱を抱いていたものだろう。それがなければ継続的に鍛錬を重ねることはできない。語学やスポーツに限らず技術を習得してより高いレベルに達するためにはいくつものハードルを越えていかなければならない。著者は全部で16の問いを提示している。外国語を学ぶ元々の動機から始まり、スキル・アップしていく段階で出会いそうな疑問に助言を与えている。

 ヒトに生来備わった言語習得の機能というのは第1言語の習得である。多言語環境下で育った場合には、複数の言語を同時に習得していくケースもあるが、多くの場合はどちらかの言語がその人の第1言語になるという。私たちが外国語を学ぼうとするときに第1言語の習得と同じようにはできない。かなり努力したつもりでも、誰もが一定のレベルに達するとは限らない。それでも、外国語を学んだ経験があることは無駄にはならない。学校を離れた後でも、何らかの形で外国語学習を継続するといいと思う。その際、過度に成果を期待しないのが肝要である。