本の感想「白鶴亮翅」多和田葉子

本の感想「白鶴亮翅」(はっかくりょうし)多和田葉子朝日新聞出版)

 そもそも「白鶴亮翅」とは何のことか分からない。分かる人はごく少数だろうと思う。これは太極拳の用語であり、鶴のように羽を広げた型で相手の攻撃を防御する姿勢なのだそうだ。太極拳とヨガとを並べて考えるのはいかにも素人丸出しだけれども、ヨガをやっている人ややった経験を持つ人は知人に少なくないが、太極拳の経験者というのは一人も思いつかない。

 主人公はベルリン在住で翻訳家の日本人女性。その人の日常に起こる出来事とそれにリンクする心情や思考が淡々と描かれている。おそらくは作者自身の体験が多く反映されているのだろう。とりたてて大事件が起こるわけでもなく、友人知人との付き合いも突拍子のないものでもない。特徴的なのは会話表現である。いかにも外国語会話テキストみたいな文体にしてある。というのは、主人公を含めて登場人物の多くが他国出身であり、ドイツ語を自らの第1言語としていないのだ。だから発話は外国語としてのドイツ語を使っていることになる。移民として暮らすことのあり様というものがすんなりと伝わってくる気がした。昨今は、移民ではなくても、海外で一定期間生活する経験を持つ人は珍しくはないとは言え、友人知人にそういう人が大勢いるというケースは少ないだろう。首都圏などの大都市部を除けば、近所に海外出身者が生活しているというケースもそう多くはないだろう。そういったクロス・ボーダー的な状況はこれから先は徐々に広がってくるものだろう。この小説の登場人物たちの暮らしぶりに少しでも寄り添って想像してみることによって近未来への示唆が得られるように思える。

 主人公は隣人に誘われて太極拳のレッスンに参加するのだが、そこでは様々な出自のレッスン仲間と出会う。ということで本のタイトルは太極拳に由来している。