本の感想「くもをさがす」西加奈子

「くもをさがす」西加奈子河出書房新社

 著者は家族とともにバンクーバー市で暮らしていた時に癌を発症した。日本と異なる医療システムにどまどったり、言葉の不自由にも悩まされながら、治療に取り組んだ記録である。癌に限らず重篤な(あるいは重篤でなくても)傷病に対処することは、普段の生活維持に加えてさらに大きな重荷を背負うことだ。例えば、在職中のことを思い出すのだが、普段のルーティン・ワークをそれなりに計画的にやっているところに、急に別の仕事が入ってくることがあった。ルーティン・ワークはいつも通りに進めていかねばならないが、さらに仕事が増えることになるのだから負担はきつくなったものだった。傷病に対処するからと言って、普段の仕事が軽減されるわけではないこともある。癌治療にはそういうケースが少なくないのではないだろうか。そこで、なくてはならないのは周囲のサポート体制だ。著者は幸いにしてその点に関しては首尾よくやっていくことができた。医療従事者からも、家族からも、友人たちからも、飼い猫からも、心身両面でのサポートやケアを受けた。そうでなければ治療は成功しなかったであろう。

 治療にあたっている間に、著者は「癌と闘っているあなたはヒーローだ」というような「称賛を」受けることがあった。しかし、著者はその言葉には違和感を持ったという。癌の治療とは何か特別な偉業をやっているわけではなくて、その時々でやるべきことを判断してやっているだけだという。確かにそうだと思う。癌に罹患する人、それが死因となるケースも少なくないのだが、恐れおののいて戦時体制を発動するのはいささか的外れなのかもしれない。平時体勢で冷静的確に対応していくのが相応しいのではないだろうか。