本の感想「イラク水滸伝」高野秀行

本の感想「イラク水滸伝高野秀行文藝春秋

 高野氏の辺境ルポ。古代メソポタミア文明が栄えたイラクの湿地帯を2018年、2019年そしてコロナ禍による中断を余儀なくされたのち2022年と3度に渡って取材した。この地域を現地人との交流を通じてルポしたものはこれまでにはなかった。現地語を学んで人脈を作り、現地の普通の人の生活ぶりを詳らかにするのは高野氏のお得意の手法である。日本とは全く異なった流儀や人々の気質などに翻弄されながらも、着実に人々と距離を詰めていくのは流石である。

 過去と現代が混交したような人々の暮らしぶりには、ジェンダーの問題やビジネス慣習の相違など、この地域の独自性がある。お互いの文化を尊重するという立場に立てば、外部の価値観でそれらを否定的に捉えることは相応しくない。しかしながら、基本的人権が損なわれているのが明白である場合には、私たちはどうやってどこまで介入するべきなのだろう?簡単に白黒をつけることはできないし、普遍的な原理(とされている基準)をないがしろにしていいということもできないだろう。だからまずはこのような優れたルポを端緒にするべきだ。現地人の暮らし、過去から連綿として受け継がれてきた文化、何が変わってきて何が変わっていないのか、そういったことをつぶさに見て考えることから始めなければならない。