本の感想「ゆく川の流れは、動的平衡」福岡伸一

本の感想「ゆく川の流れは、動的平衡福岡伸一朝日新聞出版)

 朝日新聞に連載したコラムをまとめたエッセイ集で、初出は2015年12月から2020年3月までとなっている。題材は色々様々だが、科学と日々の生活とを結びつけるようなものが多い。読み応えのある内容である。考えさせられたものをひとつだけ記す。 

 「スマホの文字、脳に緊張」というタイトルで文章の出だしは「文章を読むとき、特に長い小説や込み入った論考の場合、紙に印刷された活字の方が安心して読めるし、その方が頭によく入ってくる」とある。そして次のように考察を進める。「生物の視覚は動くものに敏感だ。それは敵あるいは獲物かもしれない。反射的にすぐ行動する必要がある。身体も緊張姿勢に入る。一方、じっくり観察し、分析し、思索を深めるためには、対象物が止まっている必要がある。動き続けるもの、絶え間なく変化するものをずっと見続けることはできない。コンピューターやスマホの画面の文字は、止まっているようでいて実は絶えず動いている。(中略)文字や画像はいつも細かく震えているのだ。このサブリミナルな刺激が、脳に不要な緊張を強いているのではないか。だから落ち着いて読むことができない。もちろんデジタル・ネイティブの新しい世代はそんなこと気にならないのかもしれないが、生物の特性はそう簡単には変わらないはずだ」

 学校もIT化が進められていて、昔ならば先生が黒板に書いた内容を生徒は手を動かしてノートに書き写していた。手を動かすことと記憶に刻むこととがリンクしていたのだ。IT化は教室の作法を様変わりさせた。退職後に大学で聴講した経験があるが、先生はホワイト・ボードに書くことがあるとしても少しだけだ。パワーポイントで作成した資料をスクリーンに提示すれば、学生はスマートフォンのカメラでそれを写す。生物の特性がそう簡単には変わらないのだとすれば、記憶する仕組みが弱体化してしまっているのかもしれないし、思索を深めるために不可欠な知識も定着しにくくなっているのかもしれない。外部に存在するデータアーカイブから資料を継ぎ接ぎするスキルは身に着けているかもしれないが、勉強というのはそういう作業だけでは成り立たない。その手のスキルは生成AIの得意とするところとなりすでに大抵の学生のレベルを凌いでいる。小中学生がタブレット端末を駆使できる(ように見える)ことだけでは大したことを達成していないに等しいと思う。