本の感想「名場面の英語で味わうイギリス小説の傑作 英文読解力をみがく10講」斎藤兆史 髙橋和子

本の感想「名場面の英語で味わうイギリス小説の傑作 英文読解力をみがく10講」斎藤兆史 髙橋和子(NHK出版)

 本書の「はじめに」に齋藤氏は次のように記す。「英語学習者が高度な英語力を身につけようとする場合、効果的な勉強法の一つが英語文学の精読です。これは、正統的な日本の英語学習法ですが、昭和後期以降、日本人の英会話能力が貧弱なのは英文学の訳読などをしてきたからであるとの誤解が広まり、一時は英語教育の現場でも自宅学習においても、実践されることがすくなくなっていたようです。最近、英文解釈関係の著作の出版や復刊が相次いでいるのは、英語教材としての英文学の価値が見直されてきたことの証であると考えられます」と。著者は過去において文科省が学校の英語教育を「実用的」にすると発案したことに反意を示したことがあった。大津由紀雄、江利川春雄、鳥飼玖美子の3氏と共に「四人組」を自称して、「英語の授業は英語で」とか「小学校英語の教科化」に専門家の立場から極めて論理的に警鐘を鳴らした。文科省の「改革」がどれだけの成果を得たのかは今はまだよく分からないが、少なくとも「高度な英語力を身につけること」にはそれほど貢献していないことは確かだろう。そこで本書の登場である。取り上げられた作品は10作品で出版年代順に並んでいる。最初は「高慢と偏見ジェイン・オースティン(1813年)で最後は「日の名残りカズオ・イシグロ(1989年)まで。各章は作家と作品の解説、あらすじ、各場面(和訳/原文/語法・文法解説)、名文句、コラムで構成されている。語法・文法解説が丁寧に記されているのがありがたい。妥協なしの精読が可能になっていて気持ちがいい。和訳も実に見事なもので、それは原文と合わせて読むことでいっそう素晴らしさが分かる。「日の名残り」は土屋政雄氏の名訳があるが、本書の斎藤訳と読み比べてみた。甲乙つけることは叶わない。土屋訳では登場人物を「ミス・ケントン」「ミセス・ベン」「ミスター・スティーブンス」と訳しているところを齋藤訳では「ケントンさん」「ベンさん」「スティーヴンズさん」としてある。日本語訳としては齋藤訳のほうがより現代的になっている気がする。