本の感想「神秘」白石一文

本の感想「神秘」白石一文毎日新聞社

 53歳で東京の大手出版社に勤務する主人公は会社の役員になったばかりで脾臓がんの診断を受ける。余命は1年の見立て。彼は5年前に離婚していて2人の娘は海外で生活しているので一人暮らしだった。急に病状が悪化することはないという見通しを抱き、東京を離れて神戸で暮らすことにした。20年以上前に仕事で1度だけ電話で話したことのある女性を探す目的があった。

 毎日新聞に2012年9月から2013年12月まで連載した長編で546頁ある。ストーリーはあちこち寄り道をしながらとてもじりじりと進む。志賀直哉の小説に触れたり、スティーブ・ジョブズの伝記を詳細に読み込んだりもする。主人公と出会う人たちはタクシーの運転手だったり、女性医師だったり、新聞記者だったり、料理やの女将だったり、様々である。登場人物がどう繋がっているかが次第に明らかになっていくのだが、現実には起こりえないような「偶然」が重なっていく。読者としてはそれはないだろうと思わされるが、それは作者の意図するところなのだろう。フィクションの世界でしかありえないことを思い切りどんどんと並べていくことでしか表現できないことがあるのだから。

 この作品は前に読んだことがあったような気がした。読み始めてしばらくして再読だと気付いたのだが、ストーリーの展開はほとんど思い出せなかった。いくつかのシーンは既読感があっただけだった。多分、ストーリーがあまりにも大胆な偶然が連鎖していたからかえって印象が薄まったのかもしれない。