本の感想「リラの花咲くけものみち」藤岡陽子

本の感想「リラの花咲くけものみち」藤岡陽子(光文社)

 主人公の女性は東京から北海道江別市の大学へ進学することになった。獣医師になるための学部を選択した。主人公は母親を早く亡くしていて、祖母と一緒に暮らしていた。中学生の時に家庭の事情から不登校になり、高校はフリースクールのようなところに通い、獣医学部を目指した。ストーリーはまだ雪の残る4月初めに大学の女子寮に入寮するところから始まる。

 獣医学部ではどのような授業があるかとか、獣医師の仕事の実情といったことは多くの読者にとってはほとんど知られていないだろう。ペットを飼っている人は近隣の動物病院などで獣医師と面会することはあるだろうが、経済動物(家畜)を飼育する人たちと獣医師の関りとか、行政職として獣医師がどのような仕事に従事しているかも詳しくは知られていない。この物語を読むとそういった普段目に見えていないことが新たな知識となって入ってくる。また、動物たちの生命に係わる仕事である以上は、厳しい選択に迫られることもある。どんな職業でも折に触れてドラマチックなことはあるものだけれど、獣医師の仕事はそういう局面が少なくないように思えた。

 物語は主人公が1年から6年までどのように変容していくかを捉えているが、学友との関係や、離れて暮らすことになった祖母との関りなどの人間模様もしっかりと描いている。動物の生命とはどういうものなのかという根源的な疑問を一緒に考えるのは、鳥の研究者を目指しているという男子学生だった。アイヌの世界観や椋鳩十の作品が効果的に使われる。また、実習で出会う酪農家との交流も物語の重要なポイントになっている。ストーリーはテンポよく進みたいそう読みごたえがあった。

 小説中では大学名は北農大学となっているが、この辺りの事情が分かる人には実在する酪農学園大学のことだと分かる。そのことは巻末の謝辞にも記されていて、この大学を取材して獣医学部の学生にも詳しく話を聞いてこのドラマチックな作品が出来上がった。