本の感想「海とジイ」藤岡陽子

本の感想「海とジイ」藤岡陽子(小学館

 瀬戸内海の小さな島に縁のある人たちを描く中編3作を収めている。「海神」「夕凪」「波光」の3作品で、「夕凪」が一番よかった。東京で小さな個人医院を営む医師は70台半ばの年齢になり、誰にも打ち明けていないながらも引退の時期を考えている。ここには看護師と事務員が一人ずついるのだが、ある日突然に一月後に診療所を閉めると告げられる。閉院に向けての支度も進められる中で、医師と看護師の来し方が開示されていく。脳外科が専門だった医師はかつては大学病院に勤務していた。離婚した妻はその後再婚していて遠方で暮らしている。看護師は以前一緒に暮らした男性がいたがずっと前に別れていて、診療所の勤務は21年間になっていた。

 閉院まで2週間となった日に、医師は突然姿を消した。どうやら瀬戸内海のある島へ行ったらしいという手がかりを得て、看護師は後を追った。医師がなぜ唐突に島へ渡ったのか?その理由が明らかになっていき、さらにはずっと誰にも打ち明けることなかった医師の思いや、これからの展望が率直な言葉で語られていく。医師の気高くも脆さも含む決意がとても清らかなものに思えた。

 作者の経歴が変わっている。同志社大学文学部卒業後に報知新聞社を経て、タンザニアダルエスサラーム大学に留学。帰国後は慈恵看護専門学校を卒業して、看護師として勤務。