本の感想「手のひらの音符」藤岡陽子

本の感想「手のひらの音符」藤岡陽子(新潮社)

 京都の集合住宅で交流のあった2家族の子供たちの半生のおよそ40年ぐらいを描く。子供たちとは兄と妹の2人と、3兄弟の合わせて5人だ。主人公になっているのは唯一の女性である兄のいる妹。決して裕福でない家庭に育った彼女は高校卒業後に地元の企業に就職内定を得ていたが、当時の担任の強い勧めにより東京の服飾系の専門学校に進学することになった。幼少期から絵や造形のセンスがあったことから就職先では服飾デザインを担当する職を得た。

 人が心の中でずっと思い続けることはいつか叶うこともあれば、そうでないこともある。主人公はキャリア面では思いを叶えることができた。子供の頃に仲が良かった3兄弟とは成り行きで疎遠になり互いに連絡もつかなくなってしまった。長い時間を過ぎて、折に触れて彼らを思うことがあってもそれは現実には叶わないことだとのあきらめざるを得ないと考えている。それでも思う気持ちは消えることはなく、熾火のように主人公の心の片隅に宿っている。

 ある日、主人公に高校時代の同級生から電話がかかってきた。卒業後に進学することを強く勧めた教師の近況を伝えられて、京都まで会いに行くことになった。この同級生と教師との再会がストーリーに豊かな展開と味わいを加えていく。

 登場人物の人生にはそれぞれに成功もあれば不遇もある。彼らには皆、心に強く思うことがあってどんなに長い助走期間があろうともいつかはジャンプするという望みを抱き続けている。たとえ助走期間のうちに自身のタイムライフが終わってしまうとしても目指す方向は保っている。そういうひたむきなマインドセットにとても惹かれた。読み始めると止まらない吸引力のある物語だった。