本の感想「老人の美学」筒井康隆

本の感想「老人の美学」筒井康隆新潮新書

 本書の4番目のテーマは「老人が昔の知人と話したがる理由」とある。冒頭を引用すると「作家の常盤新平が、こんなことを書いていた。彼の父君は会社勤めをしていたが、定年で退職した。その後、お父さんはしばしば辞めた会社に電話をかけ、以前の同僚や部下と話すようになった。「やめればいいのにな」と常盤氏はいつも思っていたらしい。」とある。これは全く常盤氏の言う通りであって、退職者がやってはいけないことのひとつに違いない。徒然草にもこれと同じことが記されているから、昔の人たちにも常盤氏の父親と同じ失敗をしていた人が少なくないのだろう。

 私も定年退職した直後にはしばしば元の職場のことが気がかりだった時期があった。後任に引き継いだことがちゃんと伝わっているかと案じたこともあった。だけれども、自分からそれを確かめるためにコンタクトするのは禁じ手であると思っていたので、問い合わせをすることはなかった。もし、どうしても不明なことがあれば、後任から尋ねてくる筈だ。出しゃばることは禁物である。引き際を弁える、一旦職場を離れたら自分からはアクセスしないということは「美学」というほどのことではなくて、ごく一般的なマナーなのだと思う。職場はいつまでも過去の人に関わっているほどヒマではないのだ。