本の感想「未明の砦」太田愛

本の感想「未明の砦」太田愛角川書店

 自動車製造会社の非正規労働者たちの労使闘争をテーマにしている社会派のストーリーで、今から半世紀近く前のルポルタージュ自動車絶望工場」(鎌田慧)を思い出した。当時は季節工と呼ばれていた非正規労働者の状況は今はどれだけ改善してきているのだろう?ごく最近もダイハツの新車開発においてルールがないがしろにされたのも上からのプレッシャーに原因があったと判明した。上意下達システムが行き過ぎると現場にしわ寄せが来るのは今も昔も同じだ。

 労働者の権利については学校でも学ぶが、教科書に書かれていることをさっとなぞるぐらいが現状なのだろうと思う。だから私たちの多くは詳しいことまでは知らずにいる。この作品ではかなり長い紙幅をとって、その仕組みや過去の事例などを嚙み砕いて説明しているところがある。それだけ書かないと読者に伝わらないからだ。新聞に連載していたことを思えば、数日間はこういった「講義」の部分を読むことになったわけで読者はちょっと大変だったのかもしれない。

 主人公は非正規労働者として自動車の組み立て工場で働いている。夏の休暇でもそれぞれの事情で実家に帰省することができない。そのことを知った年配の社員が休暇を過ごせるようにとこの4人を千葉県の別宅に招待した。4人は休暇中にたまたま知り合った人物の蔵書を閲覧する機会を持ち、労働者の権利についての本を読み漁ることになった。休暇後、年配の社員が工場で働いている時に体調を崩した。適切な処置がなされなかったために、死亡してしまう。4人は事の真相を知り会社側の責任を追及していくと決意する。会社側は政治家や公安警察とのつながりを活かして4人の動きを阻止するように動き始める。

 直近のニュースでも賃金上昇は物価上昇に追いついていない。実質的には賃金が下がっているわけだ。非正規雇用の仕組みは労総市場においては波動的な労働需要の加減弁の機能を果たしている。その仕組みには労働者を人として見ることはなく、あたかも機械のパーツであるかのようにしか見ていない。政府は国民に対して起業を進めたり、投資で資産を増やせとか言うけれども、多くの普通の労働者たちは起業も資産運用もできるわけではない。ごく普通の労働者たちが日々の労働に従事することで安心して生活できるような仕組みを作ることが政府の仕事である。