本の感想「ともぐい」川﨑秋子

本の感想「ともぐい」川﨑秋子(新潮社)

 この本を図書館で予約したときには、直木賞の候補作品だと知らずにいた。順番待ちの間に受賞した。受賞後は予約件数が跳ね上がるので返却時には50人以上が待機となっていた。早めに予約しておいたのでよかった。

 物語は明治初期に道東の山間部で漁師として生きる男性を描く。白糠が最寄りの街で必要がある時だけ山を下りてくる。そこでシカやクマなどの獲物を換金して、銃弾やコメなどの生活用品を購入する。居住する山小屋には一頭の猟犬がいて暮らしは自給自足に近い。主人公は猟師として生きる術を養父から伝授された。自分の年齢も父母も知らない。ただ単に、身に着いたスキルを発揮することだけが生活の全てである。ストーリが動くのは阿寒からクマを追いかけてきた漁師との出会いだった。手負いになってしまったクマが自分の猟場にいることは好ましくないため、出来るだけ早くこの手負いグマを仕留めることが喫緊の課題となる。

 著者は主人公の猟の仕方、生活のディテールを極めて臨場的に記していく。筆力があるというのはこういうことなのだろう。主人公に同行取材していたというような印象さえ受ける。令和初期の便利な時代に生きる私たちはこの主人公の生きた世界を想像することは難しい。そういう世界があったということに思いを馳せることも通常はあり得ない。作者の目の付け所は随分とレアであって、それだけに今までに見たこともない、想像したこともない、ある種の異世界に連れていかれる。