本の感想「老いの深み」黒井千次

本の感想「老いの深み」黒井千次中公新書)2024_05刊

 読売新聞の夕刊に連載したエッセイをまとめたもの。連載は著者が73歳の2005年から始まっていて20年ほど続いている。中公新書では本書の他ににすでに3冊がシリーズ化されているので順次読むことにしたい。自身が老人であるという自覚がいつから始まるのかは人それぞれだろうが、連載開始時が73歳だったことから本のタイトルは「老い」が入っている。したがって、エッセイは老いの視点が通底している。

 「電車のスマホ、『7分の6』の謎」では、横長のシートに座っている乗客が7人いればそのうち6人がスマートフォンか携帯電話か何らかの電子機器を手にして熱心にそれを操作しているということに気付いたというエピソードだ。先日、私も電車に30分ほど乗車する機会があったが、その時は向かいのシートの全員がスマートフォンを使っていた。いくらかの誤差があるとはいえ、おおむね6/7の法則があてはまるのだろう。著者は様々な電子機器については「ファックス止まり」だと言う。「便利なものがいろいろ出てきているみたいだが、自分がついていけるのは、せいぜいファックスまで」という見解である。ファックスは今ではもうあまり使われなくなってしまっているけれども。また総括的にはこのようなことも記している。「<老い>は単なる時間の量的表現ではなく、人が生き続ける姿勢そのものの質的表現でもあることを忘れてはなるまい」と。