本の感想「人生に効く寓話」池上彰、佐藤優

本の感想「人生に効く寓話」池上彰佐藤優中公新書ラクレ

 グリム、イソップ、日本民話を題材にして、現代的な視点から作品を読み解く対談。とてもユニークな視点が数々披露される。こういう「話芸」はユーモアのセンスが巧みでないと上手くいかないものだ。

 例えば、新見南吉の「手袋を買いに」の場合は、子ぎつねに手袋を売った帽子屋さんをこのように評する。池上:「単純に『優しい人』だったのかどうかは、大いに疑問だと思うのです。(中略)儲かるのならば、売る相手は誰でもよかったという話なのです」として、佐藤:「子ぎつねが握って来た二つの白銅貨を渡すと、カチカチとやって本物の硬貨であることを確認し、ならばと手袋を売った。逆に、人間の子どもがお金を持たないでやって来て、『手が冷たくて仕方ないから、手袋をください』とお願いしても、売り物は渡さなかったでしょう。」そして、池上氏のまとめは「新自由主義以前の古典的な資本主義経済の論理が、見事に貫徹されている」となる。

 もうひとつの例も新美南吉の「ごんぎつね」から。ごんが悪戯して逃がしたウナギは本当に兵十の母親に食べさせるものだったという明確な記述はない。そこで池上氏:「毎日人里に通って栗などを届けるというのは、狐にとって相当危険な行動です。リスクを冒す前に、『うなぎは確かに母親の食事だった』というエビデンスを確認すべきだったかもしれません。」とする。また、異界である狐の世界の論理は、われわれにはわからないという観点からは、佐藤:「例えば、ごんを外国人に置き換えてみたらどうか、あるいは多様なジェンダーに置き換えたら?(中略)お互いを異質な他社と認め、相互理解を図っていけるのかどうかを問いかけられているように思うのです」に対して池上:「現実の多様性、ダイバーシティの議論にも、一筋縄ではいかない複雑さがあるのは確かです。そこも教訓とすべきですね。」とまとめる。

 文学作品をどう解釈するかは作者の当初の意図がいかなるものであろうとも、読者側に100%の自由がある。だから昔の作品を今風に解釈することは物語に新たな豊かさを加味することになる。そのためには作品に深みがなければならないのだが、この本で紹介されたストーリーにはその深みがしっかりとある。