本の感想「文化の脱走兵」奈倉有里

本の感想「文化の脱走兵」奈倉有里(講談社)2024_07

 「群像」に連載したエッセイをまとめたもの。内容は様々で自身の子供の頃の思い出とか、ロシアへ留学していた時のこと、さらには柏崎市に古民家を購入して引っ越したことなどが紹介されている。ロシアのウクライナ侵攻のことにも言及する。例えば次のような見解「悲しみを抱えたこと自体に非があるわけではない。その悲しみを他者に対する憎しみや攻撃性に転化しようとする力にだけは屈してはいけない。憎悪と攻撃性が新たな悲しみによって憎しみの連鎖を生むものであるかぎり、いかなる理由があっても『正当な』憎悪などありえない。それでも悲しみが大きすぎて耐えられたくなりそうなときは、その『強い』感情を、憎悪ではなく問題意識に転化し、戦争そのものに、人を殺す兵器に、人権を無視する社会構造に向け、人の『尊厳』と『ことば』によって、未来を探っていけばいい。大丈夫。人はこれまでもそうして強い悲しみを抱えながら、それゆえに少しでも個々の人々の権利を守ろうとしてきたし、その軌跡はたくさんの本に描かれている。ただ人間はあきれるほど忘れっぽく、目新しいことを言っていると思い込んでいる人物に限って過去の過ちを繰り返すというだけのことだ。けれどもそうして戦争がおこなわれるというのなら、文学は何度でも考え直し、示してみせよう。それが憎しみの連鎖を止めるための、人類の大切な共有財産だ」と。文学者の見地からいかにも力強い宣言だ。「文学は人類の共有財産だ」というのがとても真っすぐに心に突き刺さる。

 よく道を尋ねられることとか、子供の頃に遊びに行った友人宅で友人の父親がクルミを割って食べさせてくれたこととか、面白いトピックもたくさん紹介されている。