本の感想「あなたの日本語だいじょうぶ?」金田一秀穂

本の感想「あなたの日本語だいじょうぶ?」金田一秀穂(暮らしの手帖社)

 日本語の様々な言い回しや最近の若者言葉などについて考察する楽しいエッセイ。普段何気なく使っている言葉に着いてあれこれツッコミを入れてみると、ハッとするような発見があるものだ。その新鮮さに惹かれる。

 *「聞く力」について:「英語学習では、話す力、聞く力を延ばすようにするのが大切ではないかと昔からいわれている。(中略)自動翻訳機が日進月歩で性能を高めているうえ、SNSやメールで交流することが増えている。そうであれば、英語のスピーキング能力が日常的に問われる場面は少なくなる。英語についてはむしろ、話す力、聞く力よりも、読み書き能力の重要性が高まってきているのではないか。しかも、話したり聞いたりする力を外国語学習に重点を置いているのが不思議なのだ。肝心なのは母国語である日本語についての話す力聞く力であるのだが、貧しいとしか思えない」

 との至極もっともな指摘をする。さらに「相手が何を言わんとしているかを汲み取れない人たちは社会に出てからも問題になるので、なんとかしておくべきだ」と。岸田首相が就任時に「聞く力」とキャッチ―なフレーズを発言したのは、その前の首相がいかにも「聞かない力」を押し出していたことで「私は違うよ」と示したかったのだろう。その後、岸田氏は「聞き流す力」を発揮しつつある。

*経験値:数日前に「経験知」と書きたくて「けいけんち」と入力したところ変換されたのが「経験値」だった。経験知は「経験を積むことによって得られる知識」の意味で使ったのだが、変換された「経験値」はどういう意味になるのだろう?その答えがこの本にあった。これはそもそもロールプレイングゲームから生まれたのだそうだ。ゲームを上手く進めるために登場するキャラクターの能力が高くなっていく。それが「経験値を高める」ということなのだそうだ。だとすると「経験知」と「経験値」とは意味的に重なり合う部分もあり、相互に交換しても差し支えない文脈もあるかもしれない。

*うれしみ:この言い方は若い人たちが使うようになった。「言い表せずにいた感覚を”み”で表現する」のだという。「うれしみがある」「あの子にあいたいみ」などの用例がある。形容詞を名詞にする場合には、「深い」を「深さ」にするように変化させるが、「深み」という変化もある。「み」を付けて名詞化する形容詞には制限があるがそれができるかどうかのルールはまだよく分かっておらず、若者言葉ではルールを拡大適用させて「うれしみ」のような言い方を作り出した。ただし、「深さ」と「深み」の意味の相違はあきらかで、「深さ」は実際に深くなくても使える。「わずか1㎝の深さ」のように。「深み」は実際的・感覚的に深くなくてはならない。

*すみやかに:著者が新幹線のアナウンスで聞いた。「到着後、すみやかに発車いたしますので」このケースで「すみやかに」には違和感がある。ちなみに、法律用語辞典(有斐閣)によると「すみやかに」は「直ちに」「遅延なく」に比べて中程度の切迫性を求めるもので「できるだけ」などと併用することが多い、とのこと。政治家がよく使うようになった「スピード感」というのも要注意ワードだ。以前は「可及的速やかに」などと言ったものだが、外来語を入れてより煙に巻く意図がうかがえる。「~感」というからには感覚の主体があるわけで、それが政治家当人の感覚なのか、一般国民の感覚なのかでは多くの場合齟齬があるだろう。政治家が使うべき表現は「いつまでに~する」という工程表を示すことであり、感覚を云々することではない。

 などなど、興味をそそる話題が満載の本である。