本の感想「熊の肉には飴があう」小泉武夫

本の感想「熊の肉には飴があう」小泉武夫ちくま文庫

 この本には前作がある。「漁師の肉は腐らない」(新潮文庫)2014年。この本を出版したときに新潮社編集者だった木村由花さんが同書を出版後に急逝された。木村さんはぜひとも続編を出すことを望んでいたのだという。著者はこの本を木村さんに捧げると記してある。

 その木村さんの最後の仕事になった「漁師の肉は腐らない」は他に類をみない小説である。福島の山奥で自給自足度の高い生活を営む漁師がいて、小泉氏自身がモデルになっていると思われる人物が折に触れて訪ねていく。漁師は山の暮らし方を十全に心得ていて、猟の仕方、山菜などの山の恵みの獲り方と食べ方、保存食の作り方、などなど知識と技術を身に着けていて、その能力を発揮しながら優秀な猟犬と共に豊かに暮らしている。その暮らしぶりを描いた小説で、主人公の漁師には実際のモデルがいたのではないかと思わされるほどに描写は生き生きしている。

 続編となったこの本は、飛騨の古川にある名料理茶屋の料理について専ら描いている。物語性はあまりないので読み物としては前作のほうがずっと楽しめる。ここで提供される料理に使われる食材は猟をして得た鳥獣の肉や魚、自家栽培した新鮮で滋味のある野菜が主なものになっている。次々と披歴される料理の作り方に圧倒される。美味しいものを求めることに際限はなくて、食文化の深さと多彩さを思い知らされた。著者はこれだけの料理を実際に堪能したことがあるのだろうが、そのための尽力は並々でないと察せられる。小泉氏の探求力ならではのことだ。