本の感想「世界を動かした名演説」池上彰 パトリック・ハーラン

本の感想「世界を動かした名演説」池上彰 パトリック・ハーランちくま新書

 書名からしJFKとかキング牧師とかの演説が収められているのだろうと察せられるが、それはその通りだ。新しいところではゼレンスキー大統領やメルケル首相も含まれている。全部で15の演説が解説されていて、読んでみるとさすがに名演説だけのことはあるとつくづく思わされた。15あるうち最後の3つについて特に印象的な部分を記したい。

マララ・ユスフザイ 2013年7月12日 国連総会

 One child, one teacher, one pen and one  book can change the world.が特に有名で映像でもこの部分だけは何度も視聴したことがある。中学生でも分かるシンプルな英語だけれども達意の表現である。ここはあまりに有名なので、別の所を選んでみる。「(マララさんらを銃撃した)テロリストたちは、私たちの目的や意欲を変えられると思ったようですが、私の人生で変わったのは、弱さ、恐怖、絶望が消えただけで、代わりに強さ、力、勇気が生まれました」

 マララさんの聡明さ、寛容さ、未来を見据える希望が直に伝わってくる。

 

ジェシンダ・アーダーン 2019年3月29日 クライストチャーチ記念館

 これはクライストチャーチにある2つのモスクが白人至上主義者の若者により連続襲撃を受け、51人が死亡、49人が負傷した事件の2週間後に現地での追悼集会での演説である。「ウイルスは歓迎されない場所にも存在します。人種差別主義、信仰や宗教の自由に対する攻撃、そしていかなる暴力や過激主義も、ここでは歓迎されません。憎しみや恐怖といったウイルスは回避できませんが、その治療法を見つける国になることはできます」テロ行為をウイルスに例えているが、この時はまだCOVID19は問題になっていなかったはずだ。的確な比喩を使って伝わる言葉にしているのは上手いものだと思う。そして、国民に向けた飛び切りの優しさが演説全体に染み込んでいるように聞こえる。

 

アンゲラ・メルケル 2020年3月18日

 コロナ対応として首相がテレビ演説をした。この頃、各国の対応は右往左往していてどの国も決して100%の効果的な対応はできない状況だった。メルケル首相は分かっていないことは分かっていないと明言したうえで、確実に効果があることはステイ・ホームでありフィジカル・ディスタンスを取ることだときちんと説明している。そのうえで、「政府として、何が修正できるのか、そしてまた何が必要なのかを常にチェックし続けます。状況は流動的ですから、考えを修正したり他の手段をいつでも取れるように学び続け、そのことについても説明します。これは未経験の事態だけれど、私たちがあたたかい心を持ち、理性的に行動できることを証明しましょう。そうすれば命を救うことはできる」メルケル氏は徹底的に理知の人なのだと分かるし、行政のトップが責任を持つことの一つには政策の透明性の確保であることも誠意をもって宣言している。