本の感想「トライアウト」藤岡陽子

本の感想「トライアウト」藤岡陽子(光文社)

 シングルマザーとトライアウトに参加した落ち目のプロ野球選手との出会いを描く。主人公の女性は新聞記者で配置換えでスポーツ担当になったばかり。ある取材でトライアウトに参加していた選手に関心をもった。主人公は東京勤務だが、一人息子の小学生は郷里の親元に預けていて、時々会いに行くという生活をしていた。あるきっかけから、その野球選手と息子とが出会った。息子は地元の少年野球チームに入っていた。野球選手は息子の野球センスの良さに気付いた。戦力外通知を受けたその選手は現役続行を希望しているが他球団からのオファーを得られずにいる。そういう不安定な状況の中で、その選手は利他的な活動もしていてなかなかの好人物であることに主人公が気付いていく。主人公の一人息子は誕生にある隠された秘密があるのだが、そのことをめぐって主人公と野球選手がそれぞれの過去を次第に知るようになっていった。

 プロスポーツの選手の引退というのはよほどの名選手でなければ、とても密やかなものであり、知らないうちに引退していたというケースがほとんどなのだろう。トライアウトで他球団へ移り活躍できる選手も多くはないと思う。その僅かなチャンスにすがる選手が毎年いることは事実であるし、最後のチャンスを生かすことができずに人知れず球界を去る選手もいる。そういう引退の仕方をする人たちにもそれぞれの物語はあるものだ。