本の感想「ユートロニカのこちら側」小川哲

本の感想「ユートロニカのこちら側」小川哲(早川書房

 普段あまりSF作品を読むことがないが、この作品は第3回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作である。ストーリの設定は近未来のサンフランシスコのある種の特別エリア。巨大IT企業が設営した居住区でそこの住民は個人情報と生活情報の全てを企業に提供する条件で基本的な生活が保障される。居住者は四六時中個人データを監視されて評価される。もしも何らかの原因で評価が下がると場合によっては居住する資格を失ってしまう。非常に完成度の高い管理社会である。その中で起きる様々な出来事と、住民たちの生活を描く。インターネットの発達に伴ってある意味では、こういうことは既に出来上がりつつあるのではないだろうか。

 作品中で注目した部分は次の2か所だった。「世界が本当に変わるのは、何か非常に便利で革新的なものが開発されたり、新しい画期的な物理法則が発見されたりしたときではない。(中略)本当の変化は、自分たちの変化に気がつかないまま、人々の考え方やものの見方がそっと変わったときに訪れる。想像力そのものが変質するんだ。一度変わってしまえば、もう二度と元には戻れない。」今の社会にまるまる当てはまっているようなセリフだと思う。もうひとつは、「つまり、ストレスが意識を発生させるってことだ。(中略)人間っていうのは考えなくてはならないことがあれば、何事もなるべく考えなくてすむように変えていく。技術はいつだってそのようにして進化してきた。そして、そうやって人々の希望通りにストレスを感じずに、ずっと無意識のまま生活することができる」スマートフォンの利便性というのはこういう警句と並べて考える必要がありそうだ。