本の感想「鯨の岬」川﨑秋子

本の感想「鯨の岬」川﨑秋子(集英社文庫

 表題作「鯨の岬」と「東陬遺事」の2作品を収める。前者は札幌在住の主婦が主人公でその日常を描く。2世帯住宅に住み、息子夫婦は共働きで、孫の世話をして日々を過ごしている。夫との生活にはとりわけ大きな不満はない。月に一度ほどは釧路の施設に入っている母の様子を見舞いに行く。ある時、いつものようにJRの特急で釧路駅に到着したところ、根室行きの乗り換え列車が発車を待っていた。乗る筈のなかった列車だが、車掌が「乗るなら急いで」と声をかけたのをきっかけにふと乗ってしまった。主人公は子供時代には父親の転勤にともない道内各地に住んだことがあり、霧多布には小学生の時に暮らしたことがあった。成り行きに任せて霧多布を再訪した。とりわけあてのない小旅行となった。翌日は一日遅れで母の居住する施設を訪ねた。少し認知症の症状があるものの、話をしているうちに小学生の時に起こったある出来事を思い出していく。

 日々の生活の中で知らず知らずのうちにないがしろにしてきていることがあると気付き、決まりきったルーティンから少し逸脱することが主人公には必要だったらしい。そういうことはきっと多くの人にもありがちなことではないか。

 後者は江戸時代後期の道東地方に赴任した江戸の役人を描く。現地の人たちとの交流とか、自然の描写を生き生きと描き出している。中でも注目したのは冬の寒さの描写。地球温暖化以前の野付半島辺りの寒さは想像を絶する。自分の感覚ではマイナス15度を下回ると寒さのレベルがランクアップするように思うのだが、そのレベルをはるかに超えている厳寒の様子が容赦なく描写されている。