本の感想「墨のゆらめき」三浦しをん

「墨のゆらめき」三浦しをん(新潮社)

 2月に発刊された「好きになってしまいました。」(大和書房)が久しぶりのエッセイ集で相変わらずで楽しく読むことができた。この作品は書き下ろしで新作である。大分長いこと新作を待っていたように思う。期待に違わずに三浦氏らしい味わい深いストーリーだった。

 主人公は老舗ホテルに勤務する30代の男性で業務の繋がりで、若手の凄腕書家と出会う。このホテルマンは「誰からでも話しかけられやすい」特徴があって、一風変わった雰囲気のある書家はホテルマンに何気なさそうにして接近していく。初めは引き気味だったホテルマンも次第に書家の一通りでない生き方や心のあり様にに興味をひかれるようになる。

 物語の半分過ぎぐらいのところで、書家が自分が一番好きだという漢詩をしたためる場面がある。ホテルマンの目の前で筆を振るうシーンは見事な描写だと思った。古館一郎氏のスポーツ実況でもここまでの臨場感は得られないのではなかろうか。

 三浦氏のエッセイでは時々、弟さんとの会話が紹介されることがあって、互いに全く遠慮がないものの妙味のあるやりとりに面白みがある。この作品のホテルマンと書家との会話にもなにかそういった雰囲気があるような気がした。

 他の三浦氏の作品と同様にたいそう温かみのあるそして少し風変わりな人間関係が描かれている。書家の発する言葉はぶっきら棒だが得難い配慮が横溢している。