本の感想「赤い十字」サーシャ・フィリペンコ 名倉有里 訳

本の感想「赤い十字」サーシャ・フィリペンコ 名倉有里 訳 (集英社

 第二次世界大戦中から戦後にかけてのロシアで10年間国家による拘束された女性が語る記録。高齢になりアルツハイマーを患っている女性と同じアパートに若い妻を病気で亡くした子連れの男性が引っ越してくる。高齢の女性は、この若い男性に自分が経験した戦争について語り始める。

 著者は大戦中の歴史的な資料を作品の中に原文のまま取り入れている。例えば、赤十字のような機関が人権擁護のためにソ連に働きかけた様々な文書がある。捕虜の交換を促すような要請もある。著者はこの資料に着想を得てこの物語を創出した。

 戦争は自国民に対しても相手国民に対しても、どんな非人間的な振る舞いでも平然となし得るものだ。老女の記憶から紡ぎ出される言葉によってそのことが示されていく。この度のロシアの軍事侵攻で戦争の報道が日々なされているが、その報道に載せられない多くの現実がある。戦争を終わらせるのは始めるよりも難しいとも言われているが、まずは停戦することが火急の要である。