本の感想「竜血の山」岩井圭也

本の感想「竜血の山」岩井圭也(中央公論新社

 道東の留辺蘂町にあったイトムカ鉱山をモデルにして書かれている。主人公は水銀鉱山の採掘現場労働者。この鉱山が開かれる前に、山中の小部落で密かに暮らしていた人たちには生まれつき水銀毒に耐性があったという設定になっている。普通の人なら働けないような毒性の強い現場でも大丈夫ということ。物語は鉱山の開設前の昭和13年から始まり鉱山が閉鎖になった後の昭和43年までを描く。鉱山は2度の戦争特需で活況を呈するものの、やがて水銀そのものの需要が減り閉山へと向かっていく。主人公はこの鉱山で働きながら、家族のことや鉱山労働のことなどのいくつもの難局やら事件に向き合いながら生きていく。

 鉱山会社で働く人たちは出入りが激しく、その中には急に消息を絶つ人もいるが行先とか理由は追及されないことも少なくない。小部落にはある言い伝えがあって「(集落に)災厄が降りかかる時、〈湖〉に飛び込めば番の山へと導かれること。時おり、主は気まぐれに住民を番の山へとつれていってしまう」とされている。従って神隠しにあったようなケースは「異世界へ去った」という理由付けがなされる。それは不都合なことの真相を隠すためにも使われる昔からのやり方もしくは世間知でもあり、しばしば水銀毒に耐性があるという部落の人の特性とも関係していた。

 イトムカ鉱山の盛衰の史実がどれだけこの小説に反映されているのかは分からないけれども、どんな会社経営にも何らかの制限があり、永続することはない。この物語は鉱山経営の社史としても読むことができると思う。400頁を超える長編だが骨太なストーリはスピーディに読むことができる。