本の感想「R・E・S・P・E・C・T」ブレイディ・みかこ

本の感想「R・E・S・P・E・C・T」ブレイディ・みかこ(筑摩書房

 オリンピック開催前の2014年にロンドンで実際に起きた占拠事件をモデルにした小説。ホームレス・シェルターに住んでいたシングル・マザーたちが地方自治体の予算削減のために退去を余儀なくされた。オリンピック開催のために街のジェントリフィケーション(都市の再開発で低所得者が住んでいた地域をこぎれいな街へ変容させること)が実施されたことに端を発する。

 住居を失うことになる低所得のシングルマザーたちは、区が所有する空き家になっている公営住宅を不法占拠した。区は転売のためにその公営住宅を長年放置していたのだった。占拠グループの一人が端的に状況説明をする。「占拠って言葉を使うと反感を持つ人もいるけど、行政がやったら何万ポンドもかかる建物の修繕を、こっちは手弁当でやってるんだからね。訴えられるどころか、感謝されてもいいぐらいだよ」法理という尺度をあてがえば、占拠グループは「力による現状変更」をしたことになる。一方、自治体も先んじてやはり「力による現状変更」を行使したのだ。オリンピック開催という錦の御旗を掲げながら。

 ここで「公共」ということをちゃんと考えなければならない。行政の仕事は突き詰めれば「公共」を上手く達成することだ。占拠グループはそれを極めてシステマティックに速やかに達成する方法を取ったと言える。行政は明らかに後れを取った。不法占拠は裁判になったが行政側が負けて、占拠の抗議運動は当初の期日まで続けることが法的に認められた。区長は低所得者の住宅政策に誤りがあったことを公的に謝罪して、住宅の提供をすることになった。

 市民であること(citizenship)ということをこの事例から解いていく必要があると思う。市民には行政に対して声をあげる権利だけでなく義務もある。だが、実際には声をあげることはあまり効率的だとみなされない空気がある。英国と日本とを比べると明らかに違いがあって、英国では市民の権利を学校で具体的にきちんと教えている。例えば、このグループも最初は街角でプラカードを掲げてメガホンをもって声をあげることから始めた。そういう方法論があるということが教育の中でも伝授されていて社会の中で普通にみられている。そういう社会の方が何かと風通しがいい。著者のブレイディさんはパンク・ロックの愛好者で、高校卒業後に英国に何度も滞在した。そのうちに英国に住むようになったのだが、主張することが当たり前にできる社会は日本よりも「水が合った」ということなのだろう。この事件はいかにも著者好みのテイストがあり、書きたくてしかたがなくて書いたというのがよく分かる。当時の関係者を綿密に取材すればノンフィクションとして書くこともできたのだろうが、小説にした方がより自身の意のままにストーリー作りができるからそうしたのだと思う。そしてその手法は成功している。