本の感想「逃亡者」中村文則

本の感想「逃亡者」中村文則幻冬舎

 第2次大戦のフィリピンでとびぬけて巧みにトランペット演奏をする日本兵士がいた。使用していたのはある楽器職人が心血を注いで製造した一品物の名品。その楽器が何者かによって盗まれた後に偶然秘密裏に日本人のフリーライターに渡された。主人公はこのフリーライターということになるのだろうが、主要な登場人物が多く主人公の一人と言った方がいいのかもしれない。主要なストーリーはこのトランペットに関わる人々の人生を描くのだが、如何せんスピンオフのストーリーの量が多すぎる。主人公の恋人(ベトナム人)に絡めてベトナムの歴史が語られる。あるいは長崎の歴史については隠れキリシタンのことやら原爆のことやら長々と記される。作者が書きたいと思ったことを何でも詰め込んだ印象があり、そのためメインストーリーが相対的に弱まっているように感じた。これと同じようなことを感じたのは、「カラマーゾフの兄弟」で(光文社古典新訳文庫 亀山郁夫訳)であろうか。これは4巻の長さがあるが、サイドストーリーを大胆に整理すれば2巻ぐらいにおさまるのではないかと思った。この作品もメインストーリーに集中すれば半分ぐらいの長さで十分だろう。その方が読み易いし作品の持つ力もより伝わると思う。1つの作品に収まらなかったことは別の作品で書けばいいのだから。