本の感想「桜風堂ものがたり」村山早紀

本の感想「桜風堂ものがたり」村山早紀PHP研究所

 書店員たちのヒューマン・ドラマで感動的な物語。初めて読む作家だったがこの作品は大当たりだった。出版は少し古くて2016年で本屋大賞にノミネートされたが大勝には選ばれなかったものらしい。何しろ主要な登場人物が書店員たちだから、本屋大賞を選ぶ書店員たちにとってはこの作品をトップにしてしまうと手前味噌みたいに思えたのかもしれない。そういう遠慮がなければ大賞の可能性もあったのではないか。

 主人公の書店員はある時、自分の勤務する店舗で万引きの現場を見つけた。いかにも気の弱そうな挙動のその少年は犯行の後、主人公の制止を振り切って逃げだした。店の外まで追いかけていくと少年は車と接触してしまった。大怪我はしなかったが、その追跡が妥当ではなかったのではないかとSNSが炎上する。客観的に見て主人公には瑕疵はない。しかし職場に迷惑をかけることをよしとせず、店長の慰留に応じず長年勤務した書店を退職した。主人公は学生の頃からその書店でアルバイトしていた。根っからの本好きで、書店で本を売ることが天職であった。それ以外の仕事に従事することは全く考えることができなかった。無職になって過ごすうちに、ブログで知り合っていた別の町の書店主と会ってみようと思いついた。連絡をとると「ぜひともいらっしゃい」と返信が届き、主人公は交通の便のよくないその町へ向かった。その店主は高齢で病気入院中だった。店も半月ほど前から臨時休業になっていた。店主は主人公に思いがけない提案をした。

 出版業界は今世紀に入ったぐらいから売り上げが縮小してきている。通販の書店が普及して街の書店は閉店するところが増えている。書店員たちはそういう厳しい状況でもあらゆる工夫をして手渡しで本を売ることに尽力している。ざっくり言えば、紙の本はデジタルデータに取って代わられつつあるのだろう。だけれども、書店員たちは紙の本が提供する魅力を伝えたいと思っている。モニターに表示されるデジタルデータではなく紙とインクで構成される質感のある本を直に読者に渡したい。そういう書店員たちの熱い矜持がこの作品の随所に込められている。とても爽快な読後感をもった。