本の感想「ジェンダー・クライム」天童荒太

本の感想「ジェンダー・クライム」天童荒太文藝春秋

 ミステリー作品でエンターテインメントとして楽しめる。主人公はベテランの警察官で柔道の達人でもある。ある捜査で優秀だがなにか一癖あって「合わない」感じの若手と組むことになった。事件は殺人で被害者は50代の男性。暴行を受けて殺されていたが死体にはあるメッセージが残されていた。明らかに犯人が故意に残したものだった。捜査が進むにつれて、数年前に女性が集団で暴行を受けた事件との繋がりが見えてくる。加害者は4人の男性だったが、何故か起訴されずに示談で決着が付けられていた。

 登場人物が多くて分かりにくくなりそうだが、筋立てははっきりしているのでミステリーとして訳が分からなくなくことはない。終わり方も鮮やかであった。暴行事件の加害者たちのそれぞれの背景と、主人公の相棒になった若手の警察官が抱えているらしい秘密を少しずつ明かしながら物語が進んでいく。書名にある「ジェンダー」については作者はあとがきでこのように述べている。「国全体、社会全体に、連綿として受け継がれてきた男女間の差別…また、差別とは言えないまでも、長年、常識・慣行とされてきた決まり事や、暗黙の了解による、男女それぞれの役割、「らしさ」といった振舞い方や、その受け止め(られ)かたなどが、それである。」とある。作品中に若手の捜査官が主人公を諫める部分がある。女性の配偶者を「ご主人」と言ってはいけないと。確かについそう言ってしまうことがなくはない。配偶者の名前を知っていれば「~さん」と言えるのだがあいにく覚えていないこともしばしがあるものだ。少し前に読んだ新聞記事では「夫さん」「妻さん」という言い方が普及すればいいのにと述べている人がいた。それは賛成できるが聞きなれていないから語呂がよくない。普及すれば気にならなくなるのだろうけれど。作者のあとがきはこうも記してある。「だが言葉は、人の暮らしや社会の在り方を縛ったり、ある方向へ導いたりする力がある。ささやかでも、呼び方一つの影響はきっと少なくない。」